桐光学園 松井裕樹 全22奪三振PV


松井裕樹 - Wikipedia
松井 裕樹(まつい ゆうき、1995年10月30日 - )は、日本の高校野球選手(投手)。神奈川県横浜市出身。名前の裕樹は、「松」の「樹」に豊か(「裕」)に葉っぱがつくようにという由来による。小学校2年生から野球を始め、6年生の時には横浜ベイスターズジュニアで12球団ジュニアトーナメントに出場した。中学時代は「青葉緑東シニア」に所属し、3年時に全国大会で優勝を果たした。小さい頃は巨人ファンで、好きな選手は高橋由伸だった。山内中学校より桐光学園高校へ進学し、1年生の秋からエースを務める。2012年の高校野球神奈川大会では桐蔭学園から15三振を奪い、5年ぶりにチームは甲子園出場を決めた。腕の振りの良さ、縦横のスライダーとカーブのキレの良さとストレートのノビが高く評価されており、投球に日米15球団のスカウトが注目した。2012年の夏の甲子園の1回戦・今治西高校戦では10連続を含む22奪三振を記録し、9回までの大会記録の19奪三振を87年ぶりに更新した。ウイニングボールは、記録達成翌日の8月10日から甲子園歴史館に展示されることとなった。2回戦の常総学院戦でも19奪三振をあげて2試合で41奪三振、これまで板東英二が持っていた2試合での合計40を更新した。2試合連続の毎回奪三振は、2000年の夏の甲子園で坂元弥太郎が達成して以来、史上5度目のことであった。3回戦の浦添商業高校戦では相手は打席で投手よりに立ち、ノーステップでソフトボール打法を取り入れてきたことから、3回二死まで1つも三振が取れなかったが、8回、9回を6人連続三振に取るなど、12奪三振をあげて、3試合連続で二桁奪三振、53奪三振とした。準々決勝は2季連続で甲子園準優勝で今度こそ東北勢初の甲子園優勝を目指していた光星学院戦でも15奪三振と、4試合連続二桁奪三振を奪ったが、0-0のまま迎えた8回に田村龍弘、北條史也に打たれ3失点し、試合は0-3で敗れた。4試合での68奪三振は歴代3位の記録であり、80年前の1932年に楠本保が作った64奪三振を更新するもので、1大会での左腕投手の史上最多記録にもなった。この大会での通算成績は、防御率2.25、奪三振率17.00だった。しかし、3年の春のセンバツ・夏の甲子園はいずれも予選で敗退、出場できなかった。




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by INZM | by inazumahiruzuzoku | 2013-07-29 00:00 | Sport
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