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MIRACLE BODY | 内村航平


内村航平 - Wikipedia
内村 航平(うちむら こうへい、1989年1月3日 - )は、日本の体操競技選手。1989年(昭和64年)1月3日、福岡県北九州市に生まれる。誕生時には元号がまだ"昭和"だったが、誕生4日後に"平成"に改元したことにあやかり、「平成の時代を真直ぐ渡れるように」という願いを込めて、"航平"と命名された。父・和久は日体大体操競技部出身で柳川高等学校時代に高校総体の種目別で優勝しており、母・周子も元体操選手、妹の春日(はるひ)も体操選手(日体大)という体操一家である。2008年(平成20年)、初めてのオリンピック代表選考である二次予選では、二日間ともに冨田洋之を抑えてトップに立ち予選通過。最終予選のNHK杯体操選手権では優勝こそ冨田に譲ったが2位に入り、北京オリンピックの出場権を獲得した。オリンピック本大会では、団体戦メンバーとして19歳で最年少ながら安定した堂々とした演技を披露、男子体操団体で日本の銀メダル獲得に貢献すると、その2日後の男子体操個人総合決勝では、苦手とするあん馬で2度の落下がありながらも他種目で23人を抜き、最終的には2位となって銀メダルを獲得した。尚、個人総合では北京五輪代表監督である具志堅幸司以来24年ぶりのメダル獲得であると同時に、日本体操界では10代での個人総合のメダル獲得は史上初であった。2009年世界体操競技選手権(ロンドン)では、ついに個人総合優勝を達成。2010年(平成22年)、世界選手権(ロッテルダム)でも圧勝し、日本人初となる個人総合2連覇を達成した。社会人となってから初めての国際大会でもあった2011年世界体操競技選手権(東京)では個人総合で国際大会自己ベストの93.631点をマークし、2位のP・ボイに3点以上の大差をつける圧勝で、体操史上初となる個人総合3連覇を達成した。得意種目は床運動。かつては極端な偏食家だった。野菜嫌いで、食事はほぼ米と肉のみ、好物はバナナとチョコレート。特にひいきだったのは有楽製菓の『ブラックサンダー』で、北京オリンピックには40個持ち込み、「勝負食」として競技前に食べていたほどであった。これが話題となり、『ブラックサンダー』はオリンピック前年は40億円だった総売上が、翌年は61億円にまで伸びた。しかし、コナミスポーツ&ライフへの入社後、同社の指導により食生活の改善に取り組み始めた。野菜を食べるようになり、チョコレートも断っている。




by INZM | by inazumahiruzuzoku | 2012-08-01 00:00 | Sport | Trackback
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